木版画

名言5選 近代日本版画家の名言から読める、木版画の世界や版画家の姿

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日本は木版画大国です。

浮世絵が有名なのは、その一例ですね。

 

面白いのが、画家たちによって数々の名言が残されていること。

名言をよく読んでみると、当時の木版画世界や、木版画にひたむきに向き合った画家たちの姿が見えてきます。

 

この記事では、近代日本の木版画家の名言を5つ選んで読み解きます。

版画家たちは、一体なにを思い、なんと言ったのか、一緒に考えてみませんか?

 

 

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近代日本版画に至るまでの日本の版画史

 

画家たちの思いを知るには、少しだけ予備知識があると役に立ちます。

名言を読む前に、これからご紹介する名言が生まれた背景として、近代日本の木版画までの歴史をざっくりとご説明します。

 

 

印刷技術としての木版

 

木版は、はじめは印刷技術として発達しました。

今でいうプリンタの役割です。

 

最古の木版は8世紀後半陀羅尼(だらに)という仏教の呪文を記したものです。

100万部も印刷され、配布されました。

 

陀羅尼の他にも、主に仏教のための印刷物として作られた初期の木版。

平安時代には料紙という、書を書くための紙の下絵が木版で印刷されるようになります。

 

次第に、物語の挿絵に用いられるようになり、江戸時代に挿絵から独立した「木版画」になったのです。

 

菱川師宣(紅絵)

 

主役になった木版画

 

江戸時代は、木版画が大流行した華々しい時代でした。

 

はじめは墨一色でしたが、最終的には錦絵と呼ばれるフルカラーの木版画にまで進化しました。

葛飾北斎、歌川広重らが活躍したのは錦絵の世界です。

 

喜多川歌麿
ビードロを吹く娘

 

しかし、大流行した浮世絵も、明治の文明開化が始まると衰退を始めます。

リトグラフや銅版画など、木版画より安くて簡単に印刷できる技術が外国からもたらされたためです。

 

印刷技術としては衰退してしまった木版画。

近代日本では、木版画は芸術作品として生き残りを試みるようになったのです。

 

 

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近代日本の木版画家 名言5選

 

では、いよいよ本題、名言集に入りましょう。

ここでは5人による5つの名言をご紹介します。

 

 

橋口五葉 彫法及び摺方の……

 

橋口五葉(1880~1921年)

彫法及び摺方の巧みな彫江及び摺師と共同し、之を監督して作った方が都合のいい場合が多いと思う

 

橋口五葉は、新版画運動の中で美人画を多く制作した絵師です。

 

髪梳く女

 

新版画運動とは、大正時代頃に、浮世絵を再興しようとした運動のこと。

浮世絵と同じ分業体制で木版画を制作しようとしました。

分業体制とは、プロデューサー・版元、下絵を描く絵師、そして彫師摺師が共同して、ひとつの作品を完成させる制度を言います。

 

五葉の時代、分業による新版画運動とは別に、下絵の作成から彫、摺までをひとりで完結させる創作版画という運動が始まっていました。

ともすれば技の未熟を素朴さに置き換えて満足してしまいがちな創作版画。

 

五葉のこの言葉は、そんな創作版画を念頭に置いた発言だと考えられますね。

 

 

山本鼎 刀は乃ち筆なり

 

山本鼎(1882~1946年)

刀は乃ち筆なり(石井柏亭)

 

山本鼎は、創作版画の第一人者です。

 

漁夫

 

木版画が他の印刷技術によって追いやられそうな時代に生き、木版画の存在意義を考えなければなりませんでした。

 

たどり着いたのが、創作版画

芸術作品としての木版画です。

 

 

刀によって彫られた木版画は、筆で描かれた日本画や油彩画、木彫と同格の芸術作品である。

 

山本鼎の強い信念が感じられる言葉ですね。

 

※ なお、「刀は乃ち筆なり」は、山本鼎自身の言葉ではなく、石井柏亭による言葉です。

山本鼎をどうしてもご紹介したくて、石井柏亭の言をお借りしました。

 

 

恩地孝四郎 版画、かきなおしの……

 

恩地孝四郎(1891~1955年)

版画、かきなおしのきかない、ごまかしを許さない、確かな設計なしには仕上がらない版画、そして最も構成的でありうる版画

 

恩地孝四郎は、木版画界に抽象画の要素を取り入れた作家です。

創作版画が、技術の拙さや思考の浅さを味わいにしてしまったことを、とても危険であると考えていました

 

五月の風景

 

木版画は確かに、版の力を借りて、味わいを引き出せる技法です。

ですが、恩地孝四郎は、木版画であっても構成立てを怠らず制作しなければならない、と主張したのです。

 

 

平塚運一 「刃物で描く」……

 

平塚運一(1895~1997年)

「刃物で描く」と云うこの気持、これが創作版畫の座右銘です

 

平塚運一は、彫師のもとで技術を会得した人でした。

西洋の小口木版も学び、彫の技術を幅広く身につけました

 

高い技術を持った平塚運一にとって、彫刻刀は絵筆と同等の自由さをそなえた存在です。

まさに、刃物で描くという感覚だったのでしょうね。

 

ロスアンゼルスの町のはずれ

 

平塚運一は、技法書や講習会によって、木版画の作り方を積極的に教えた人でした。

棟方志功や畦地梅太郎らも平塚運一に学んでいます。

 

数多くの木版画家から技を認められた平塚運一は、木版画の神様とも呼ばれ、尊敬を集めました。

 

「刃物で描く」のは、とても難しいことです。

ですが、創作版画が版画芸術である以上、どの刀を選びいかに刀を使うかを考えなければならないのではないか。

そんな芸術家としての心意気が感じられる言葉です。

 

 

前川千帆 版画で飯が食えない……

 

前川千帆(1888~1960年)

版画で飯が食えないと云う事は事実である。どうかして版画家の生活が恵まれる日の来る事を待っている。

 

今も昔も、木版画で生計を立てるのは非常に難しいことです。

これを嘆き、端的に言い表したのが、前川千帆のこの言葉でした。

 

雪見

 

前川千帆は、漫画家でもありました。

漫画をも描きつつ、木版画を制作した人だったのです。

 

木版画で生計を立てられたら……

21世紀の現代でもよくある悩みを、20世紀の木版画家が言葉にしている。

哀しい願いがいつか叶う日のために、現代の我々も何かをしなければならないのかもしれません。

 

 

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まとめ 名言は、画家の信念や悩みが詰まった言葉でありました

 

浮世絵の分業がよい。

木版画は芸術作品たるべきだ。

木版画で飯が食えたらなあ。

 

画家たちの名言からは、一生懸命ひたむきに木版画に対峙して、木版画のあるべき姿を追求した姿が伝わってきましたね。

現代で版画を彫る身としても、勇気づけられる言葉たちです。

 

以上、最後までお付き合いいただきありがとうございました♪

 

※ 名言は全て、東京美術『すぐわかる近代日本版画の見かた』より引用しました

 

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