木版画

浮世絵?紅絵?錦絵? 江戸時代の浮世絵木版画を、歴史をなぞりながら図版入りで分かりやすく解説します

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浮世絵木版画が江戸時代に飛躍的な発展を遂げたことは、誰もが知っていることでしょう。

ですが、どのように発展したのか浮世絵と錦絵はどう違うのか、など具体的なことまでご存知でしょうか。

 

この記事では、江戸時代の浮世絵木版画の歴史をなぞりながら浮世絵木版画とはこれだ!というはっきりとしたイメージを描けるように解説します。

 

なお、浮世絵は、絵師が筆で描いた1点ものの「肉筆画」と「木版画」の2種類に大別されますが、記事中の浮世絵は木版画を指すことにします。

 

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始まりは挿絵から

 

浮世絵が独立した作品になる以前の木版絵画は、物語などの挿絵として活用されていたにすぎませんでした。

 

主役はあくまでも本文であり、挿絵は脇役

絵師の名も残っていない程度の存在感しかなかったのです。

 

浮世絵が挿絵から独立し、ひとつの作品となる過程には、ひとりのキーパーソンがいました。

その名も菱川師宣

あの見返り美人図で有名な絵師ですね。

 

菱川師宣
見返り美人図

※ 見返り美人図は版画ではなく、筆で描かれた肉筆絵です。

 

1672年に出版された『武家百人一首』という本において、初めて挿絵を描いた絵師・菱川師宣の名が記されました

 

一躍有名になった菱川師宣は次々と挿絵を描くことになります。

そしてやがて、挿絵が独立し、ひとつの絵画として庶民に広まることになったのです。

 

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墨一色から多色へ

 

挿絵から独立した浮世絵は、はじめは墨だけで摺られた一色の作品でした

大量印刷された墨一色の絵は墨摺絵(すみずりえ)と呼ばれ、安価で手に入る庶民の娯楽として広まります。

 

菱川師宣 (墨摺絵)

 

広まると、改良を加えたくなるのが人間の性。

 

墨一色では味気ない。

色を足したら面白くなるのでは?と考えます。

 

こうして浮世絵は次のステップ、多色の段階に移ります。

 

最初は墨一色の版画に筆で朱色を足すだけでした。

それでも、モノクロに色が入れば面白味は格段に上がりますよね。

 

そのうちに、草色や藍色など、紅以外の色も加えられるようになります

18世紀初頭に生まれたこの手法は紅絵(べにえ)と呼ばれて人気を博し、1740年代前半には盛んに出版されました。

 

菱川師宣 衝立のかげ (紅絵)

 

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多色摺木版画の登場

 

紅絵の登場によりカラフルになった浮世絵ですが、紅絵は手間がかかります

一枚ずつ手作業で色を足すのですから、正直面倒ですよね。

 

そこで始まったのが多色摺、いわゆる紅摺絵(べにずりえ)。

色を手書きで加えるのではなく。色板を作って印刷してしまおう、という発想です。

 

石川豊信 市川海老蔵の鳴神上人と尾上菊五郎の雲の絶間姫 (紅摺絵)

 

 

紅摺絵を摺るためには、狙ったところに正確に色を摺る必要があります

 

そこで発明されたのが見当(けんとう)。

全ての版木にそれぞれ2カ所、同じ場所にしるしをつけるのです。

摺る時に、紙の同じ位置に見当が来るように合わせることで、正確に色を摺ることができるようになりました

 

1720年頃に開発された(時期には諸説あり)この手法で、カラフルな木版画が大量に流通するようになったのです。

 

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錦絵への発展

 

紅摺絵は見当という画期的な技術を用いて作成されたカラーの木版画ですが、色数はせいぜい3か4色程度

色を付けるのも主に人物のみでした。

 

もっとカラフルにしたいですね。

 

1765年、そうした背景で生まれたのが錦絵(にしきえ)です。

 

背景も小物も全てカラー

もちろん表現手法として敢えて白抜きにすることはありますが、全面をカラーで摺ることができるのです。

 

この錦絵の登場は、浮世絵にとって革命的でした。

 

流行は大爆発。

 

ここに浮世絵の絶頂期が来たのです。

 

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錦絵の代表絵師

 

絶頂を迎えた錦絵の代表的な作品をご紹介しましょう。

鈴木春信

鈴木春信(1725~1770年頃)は美人画で有名な絵師です。

多作で知られ、1,000点以上もの作品を描きました。

 

梅の枝折り

 

喜多川歌麿

喜多川歌麿(1753~1806年頃)も美人画で有名な絵師ですね。

 

歌麿は自信家だったらしく、「他人の真似などはしない。美人画は歌麿に限る」などと自分で豪語してしまうほどでした。

確かに、作品はとても美しいです……。

 

喜多川歌麿
ビードロを吹く娘

 

歌川広重

歌川広重(1797~1858年)は名所絵で有名な絵師です。

東海道五拾三次や江戸名所百景などの「揃物(そろいもの)」風景画をよく描きました。

 

詳細はこちらの記事でご紹介しているので、併せてどうぞ。

 

歌川広重 亀戸梅屋舗

 

 

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文明開化による衰退と新版画

 

1868年、長かった徳川時代が終わりました。

 

文明開化の波が版画界にも押し寄せます

石版画や銅版画など、錦絵よりも安価で生産できる印刷手法が外国からもたらされたのです。

 

錦絵文化は衰退の一途をたどり、時代の波にもまれて風前の灯火となりました。

 

浮世絵の再興は大正時代まで待たなければなりません。

 

大正時代の浮世絵商・渡辺庄三郎は、浮世絵の衰退を憂い、「新版画」と呼ばれる浮世絵再興の活動をはじめました。

生産体制などは浮世絵と同じですが、芸術性も兼ね備えた新版画は、日本国内のみならず海外へ積極的に輸出されました。

新版画については別の記事で詳しく解説しています。

 

 

 

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まとめ 浮世絵木版画は江戸人の工夫の積み重ねで発達した

 

ここまで、江戸時代に始まった浮世絵木版画についてご紹介してきました。

 

江戸人たちは、いかに面白い作品を作ろうかと工夫を積み重ねていました。

その工夫の成果が、今日でも楽しまれている作品たちなのです。

 

さいごに、参考になる関連書籍をご紹介します。

 

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図説 浮世絵入門は、浮世絵の発展を、具体的な絵師や作品とともに解説しています。

分かりやすくまとまっているので、入門書としては最もおすすめできる1冊です。

 

 

 

浮世絵図鑑は、浮世絵がどのように楽しまれていたかを、あらゆる角度から解説しています

浮世絵の面白さを深堀りしたくなったら読む本で、浮世絵の多様性を理解させてくれる1冊です。

 

以上、最後までお付き合いいただきありがとうございました♪

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