作家

アルフォンス・ミュシャの生きた時代 19~20世紀の絵画世界

更新日:

 

優美な女性のリトグラフで有名なアルフォンス・ミュシャ(1860~1939年)。

彼の生きた19世紀後半から20世紀初頭は、絵画の世界で新しいことが次々と生まれた時代でした。

 

この記事では、ミュシャの生きた時代、具体的には19~20世紀頃の絵画の世界で起こったことを解説します。

 

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ミュシャ概略

 

代表作品

 

まずはミュシャの代表作を5点ご紹介します。

実際に作品を見て感触をつかんでみてください。

 

1896年
四季(春)

 

1900年頃
ブローチ

 

1892年以降
フリードリヒ・バルバロッサの死

 

1911年
故郷のスラヴ人(スラヴ叙事詩)

 

1894年
ジスモンダ

 

有名なリトグラフの他にも、アクセサリーや油彩画も制作しているのです。

では、解説に入りましょう。

 

 

生涯概略

 

アルフォンス・ミュシャは1860年、現在のチェコ共和国に生まれました。

 

1879年、19歳になると、ウィーンに出て、舞台装置を作る工房で助手として働くようになります。

1884年、奨学金を得たミュシャは、ミュンヘンに行きました。

ミュンヘンの美術アカデミーでは熱心に学び、晩年の作品にまで繋がってくる画力の土台を築き上げました。

 

1888年、28歳のとき、ミュシャはパリで学びはじめます。

そして、有名な「まさにアール・ヌーヴォー」な華やかな女性のポスターを制作し、パリ中の注目を集めました。

 

1894年
ジスモンダ

 

 

パリで大成功を収めたミュシャですが、望郷の念耐えがたく、1910年、50歳で、故郷のチェコへ戻ります。

チェコでは「スラヴ叙事詩」などの、民族主義的な作品を制作しました。

 

そして1939年、逝去します。

 

 

ミュシャはいつどこで活動したのか

 

ミュシャは、国境を越えて活躍した画家でした。

活動場所と年代をまとめると

 

1860~1879年 チェコ

1879~1884年 ウィーン

1884~1888年 ミュンヘン

1888~1910年 パリ

1910~1939年 チェコ

 

となります。

 

 

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ミュシャの生きた時代の絵画

 

象徴主義

 

19世紀末に生まれた象徴主義は、旧来の絵画とは異なる性質を持っていました。

目に見えない概念を、目に見える具体的なモノを描くことで表現しようとしたのです。

 

目に見えない概念とは、嬉しさや悲しみといった心情、あるいは死、生、愛といった概念のこと。

目に見える具体的なモノとは、いわゆる抽象画とは異なるという意味です。

人間は人間に、木は木に、リンゴはリンゴに見えます。

 

象徴主義の特徴をそなえた流派としては、イギリスのラファエル前派世紀末美術などが挙げられます。

 

クノップフ
私は私自身に扉を閉ざす

 

 

アール・ヌーヴォー

 

「新しい芸術」を意味するアール・ヌーヴォー。

はじまりはイギリスの工芸にありました。

 

デザイナーのウィリアム・モリスが、美術批評家のラスキンと共に「用と美(use & beauty)」の追求を提唱したのです。

 

アール・ヌーヴォーの特徴としては、波打つような曲線美や、植物などの自然から着想を得ていることなどがあげられます。

 

この点、ミュシャはアール・ヌーヴォーの代表者といえるでしょう。

パリで描かれた優美な女性のリトグラフは、間違いなくアール・ヌーヴォーそのものです。

 

1896年
四季(春)

 

 

リトグラフ

 

リトグラフは、18世紀末に発明された石版画の一種です。

この新しい技術は画期的で、大量印刷や奥深い色彩表現を可能にしました。

 

ミュシャの描いたポスターは、リトグラフで制作されています。

ミュシャのポスターがパリの街中に掲げられるようになった背景には、リトグラフの発達が重要でした。

 

1897年
モナコ-モンテカルロ

 

 

写真の普及

 

19世紀初めに、写真が普及しました。

 

写真は絵画よりも、簡単にモノをそっくりに画面に写すことができます。

これは絵画にとって脅威になりました。

 

しかし、写真が絵画の制作を助けた面もあります。

写真をもとにして、アトリエで制作することが可能になったのです。

 

ミュシャは、作画の補助として写真を積極的に利用しました

ミュシャの作品に描かれたモティーフには本物らしさがありますが、本物らしさを支えたのが写真だったのです。

 

1905年
百合の聖母

 

 

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まとめ ミュシャは新しい技術を用いて、新しい絵画をつくりあげていた

 

写真などの新しい技術を活用して、アール・ヌーヴォーなどの新しい絵画をけん引した。

それがミュシャという画家だったといえるでしょう。

 

以上、最後までお付き合いいただきありがとうございました♪

 

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