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ファン・ゴッホ 画業はたったの10年間!知っているようで知らない姿を改めて考えてみました

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私は今日までゴッホについて、なんとなく知ったような気になっていました。

 

美術史の教科書には必ずゴッホの作品が載っていますし、インターネット上にもゴッホについて書いてあるサイトはたくさんあります。

 

ゴッホは偉大な画家だ

ゴッホの作品が大好き

ゴッホの生涯は悲劇的

 

 

そんな言葉、今までに何度聞いたか分からないくらい、世の中にはゴッホに関する情報があふれています。

 

それらのゴッホについての情報を断片的になんとなく聞いているうちに、私たちはゴッホのおぼろげな姿を想像して、なんとなく知っているような気になっていないでしょうか。

 

私は、そうなっていました。

 

今日、家にあったこの画集を久々に開き、掲載されている大きくて鮮明な作品を見て、美術史研究家の圀府寺司氏の解説を読んで、そのことにはじめて気づきました。

 

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今回の記事では、知っているようで知らないゴッホについて、あらためて調べた中で新しく発見したことを中心に書いてみました。

 

今まで思っていたものとは違うゴッホの姿を発見していただけたら嬉しく思います。

 

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ゴッホの生涯概略

 

まずはざっくりと生涯をつかんでみましょう。

 

フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホは、1853年にオランダにて生まれました。

 

幼い頃から絵画を描くことは好きでしたが、美術学校に進学するわけでもなく、誰かに弟子入りするわけでもなく、少々精神的に不安定な少年として育ちます。

 

少々、というのは控えめな表現かもしれません。

 

13歳で中等学校を1年半で中退してしまうなど、世間一般の教育は受け入れられない独特な性格の少年だったと言うべきでしょうか。

 

1869年、ゴッホは16歳の時から、画商であった伯父の会社に勤め始めます

 

いっときはパリに異動したりもしましたが、23歳で、半ば解雇に近い形で会社を辞めてしまいます

 

その後、イギリスで語学教師や説教師の補助、オランダで書店員というように、ゴッホは職を転々とします。

ですが、どれもうまくいきません。

 

この仕事もあの仕事も、だめだった。

そして行きついたのが「画家」だったのです。

 

1880年、ブリュッセルのアカデミーに入学し、描画を学び始めます。

 

その時ゴッホは27歳

 

この年にしてやっと、画家としての生涯が始まるのでした。

 

ゴッホは、金銭的には苦しいもののなんとか絵を学び続け、1886年、33歳で遂にパリへ渡り、制作活動に励みます。

 

しかし、パリでの生活につかれてしまったゴッホは、35歳になるとアルルへと移ります

 

精力的に作品制作に取り組む一方、あの有名な耳切り事件を起こすなど、精神状態は不安定なままでした。

 

耳切り事件とは、自分の左耳の下部を切り取って、なじみの娼婦に血まみれになりながら届けたという恐ろしい出来事です。

 

そして1890年、37歳の若さで自ら死を選ぶことになってしまいます。

 

 

こうして生涯を見てみると、画家としての人生は27から37歳までのたったの10年間だったことが分かります。

 

今では画家として知らぬ者はいないほど有名なゴッホですが、画業はその人生のうち27%ほどしか占めていなかったのは、私にとっては発見でした。

 

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絶筆に「されてしまった」作品

 

ゴッホの晩年の作品に『鴉の群れ飛ぶ麦畑』があります。

 

 

死後、ようやく評価がされてきたゴッホの作品のひとつであり、しばしば絶筆として語られがちな作品です。

 

しかし、美術史研究において、この作品が絶筆であるという確証は全くありません

 

タイトルすら怪しいものです。

 

そもそも飛んでいる鳥が鴉だという証拠もありません

 

この作品が初めて「絶筆」とされたのは、1908年、巡回展のカタログにおいてでした。

 

画家の死後約18年後のことです。

 

その後、展覧会や映画などあらゆる場面で「絶筆」扱いされ、証拠もなく「絶筆伝説」が生まれてしまったのです。

 

「絶筆伝説」が生まれた理由の一つには、この作品のモティーフが「死」を連想させるものだったことがあるでしょう。

 

鴉や麦刈りは、キリスト教では「死」の象徴。

 

黄色く色づいた収穫目前の麦畑の上を黒い鳥が飛んでおり、画面のところどころに黒が用いられて全体的にも不安を煽るような雰囲気のこの作品は、確かに「絶筆伝説」にとっては都合がよかったのかもしれません。

 

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受け入れられなかった強烈な画風

 

ゴッホの作品が、ゴッホの生きている間には全く売れなかったことは有名ですが、当時の画壇の最先端を行く画家たちでさえ評価できなかったことも新しい発見でした。

 

これは岡本太郎の『今日の芸術』という本を読んで知ったことですが、次のようなエピソードが残っているのです。

 

これはゴッホがパリにいたころの話です。

当時画壇の革命児であったマネやピサロ、ルノワール、モネ、セザンヌらが、互いの絵を持ち寄って批評しあう会がありました。

それにゴッホも参加します。

当時、印象派の影響を受けて絵画制作に取り掛かり始めたばかりのゴッホにとって、これらの画家はあこがれの的でした。

彼らが作品について「ああでもない」「こうでもない」と話し合っている間、ゴッホは自分の作品にどんな言葉がもらえるのだろうかと緊張して待っていました。

しかし、どんなに待ってもその時は来ず、遂にそのまま会は終わってしまったのです

 

あこがれの人々の批評の対象にすらならなかった自分の作品をひとり持ち帰る気分は、どれだけ辛いものだったでしょう。

 

否定すらされなかったのですから。

 

こちらの心まで凍り付いてしまうような悲しい出来事です。

 

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現代の私たちは本当にゴッホの絵を「すばらしい」と感じているのか

 

ゴッホの死後100年以上経った現代に生きる私たちは、本当にゴッホの絵を「すばらしい」と感じられているのでしょうか

 

自分が初めてゴッホの作品を「見た」のはいつのことか覚えていますか?

 

私は覚えていません。

 

ですがおそらく、子どもだった私に大人の誰かが「これがゴッホの絵だよ、すばらしいね」という言葉と共に、写真かなにかの媒体を介して「見せた」のではないかと思います。

 

もし本当に、なんの評価もされていない時に実物のゴッホの作品を見たとしたら、私は本当に「すばらしい」と感じられたでしょうか。

 

もっとも、このような「もし」という仮定の話をしても仕方ありません。

現実に歴史的に、ゴッホの作品は評価され、その先に新しい絵画が生まれ、そして我々の価値観が作られてきているのですから。

 

ですが、「本当に自分がそう感じているのか」「新しい価値の創造なのではないか」「その話は事実なのか」ということは、時々ふりかえって考えてみる価値はあるのかもしれません。

 

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なぜゴッホの画集は少ないのか

 

私がゴッホの画集を探していた時には、図版が大きくて充実しているものが欲しいと思っていました。

 

ですが、一般向けに発行された図版の大きい画集は、専門家や図書館用の高価なものと、値段の割にはいかめしい装幀のこの本くらいでした。

 

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なかば仕方なしに買ったこのいかめしい画集を家で開いて、ゴッホの画集が文章に偏りがちな理由が分かりました

 

おそらく実物にかなり近いニュアンスであろう図版たちは、ごめんなさい、美しいと感じられなかったのです

 

うねるような筆跡や不協和音のような色使いは、恐ろしさ不安をかきたてたのです。

これが寝室に飾られていたら絶対に快眠できそうにないような作品ばかりです。ごめんなさい。

 

だからゴッホの画集はみんな図版が小さいのかな、と妙に納得してしまいました。

 

ただ、同様の印象は、幼少期の岡本太郎も感じていたようです。

それでも、岡本太郎は『今日の芸術』の中で、こう書いています。

 

今日では、ゴッホはちっともいやったらしさを感じさせません。むしろ、ひじょうに優美で心地よく、ほほえましい感じさえあります。これは、たしかに時代がゴッホをのり超えて前進してしまったからなのです。

 

幼少期の岡本太郎は、ゴッホの作品を不気味なものと感じていました

 

しかし、『今日の芸術』を執筆する頃には、岡本太郎の感性はゴッホを「のり越えて前進」していたということです。

 

「同じ作品であっても観る人によって受け取り方は様々である」としばしば言いますが、それはこういうことなのでしょうね。

 

 

私にこの先、ゴッホの作品から感じる印象が変わる日が来るのでしょうか。

楽しみであり、すこし不安であり、やや寂しくもあります。

 

 

以上です!

最後までお付き合いいただきありがとうございました♪

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